旅を終えて

インタビュー 東海道53次の旅を終えて

このたび東海道53次を41日間かけて完歩した当麻実さんに旅から得たものはなにかなどお話をお聞きしました。

――東海道を歩こうと思ったきっかけはなんですか。また準備はかけましたか。

 「ぼくは2年前から自宅周辺の狭山丘陵や狭山湖・多摩湖周辺を2~3時間歩きはじめました。60代までは忙しさにかまけて、運動らしきものはしてなかった。実は、ぼくは糖尿病です。2カ月に一度、病院に通っていますが、自覚症状がないので、まぁ医者まかせ、薬まかせでしたね。これではいけないと気づいたのが70歳に入ってからです。

 東海道53次ができたのは400年前。昔の人はいまみたいに便利な乗り物がなかった。殿様は別でしょうが、普通はみな自分の足で東海道を歩いていた。いまは飛行機、電車、車で気軽にどこにでも行ける。のんびり知らない所をどこまでも歩いてみたい、そんな単純な動機ですよ。

 準備期間ですか? 海外のひとり旅だと事前の準備はしっかりしますが、国内、しかも江戸時代の主要街道ですから、そんなに準備はしていませんね。とはいっても、図書館で東海道関係の本を読み、関係自治体の観光課から資料などはとりよせています。」


――歩くにあたって、決まりごとやポリシーはありましたか。

 「無理をしないでのんびり歩くことです。東海道の宿場間の距離はわかりますが、ただ急いで歩くのは芸がないですね。昔は江戸から京まで約2週間、今は新幹線で2時間20分。ぼくは江戸時代の旅人の3倍の時間をかけている。寄り道が多いから。

 道に迷ったら地元の人に積極的に聞くことにしました。『どこからですか』『日本橋からです』『へぇー、すごいですね。がんばってください』など会話のきっかけはたくさんあります。若い人に道を聞くとスマートフォンやタブレットで調べてくれる。便利かもしれないが、ぼくは五感で歩いてきた。くやしいけど、便利な電子機器がつかえない高齢者です。道をまちがえたなら元に戻るようにしましたね。」

――旅で期待していたことと現実はどうでしたか。

 「旅は期待していると、がっかりすることが多いですよ(笑い)。昔の建造物や旧跡が残っているのは多くはない。あまり期待しないことです。例えば、一里塚。江戸時代の塚が残っているのは5~6カ所です。塚にエノキや松、ムクの巨木をみると感動しますね。それとは反対にゴミ箱とブロック塀の間に小さな一里塚の石碑をみつけると残念ですよ。

 旧宿場もいろいろです。跡形もない宿場、地元保存会が屋号札をかけている宿場、江戸や明治の建物を大事にしている宿場など、歩いてみないとわからないですね。東海道といえば松並木が思い浮かぶ。でも、熱心に保存している地区、そうでない所もあります。」

――宿はどんな所に泊まりましたか。

 「自宅は所沢ですので、日本橋から箱根湯本までは日帰りでした。箱根の山を越えると1泊、2泊、3泊と泊まる回数がふえてきました。ビジネスホテルが多かったですね。宿のない宿場もありますので、拠点ホテルから電車で行くことになります。朝食付きの安いホテルですよ。夕食はコンビニ調達が多かったですね。

 気をつけたいのは昼食のこと。人の往来の少ない旧東海道にはコンビニや食堂がほとんどないです。そのため駅近くのコンビニでおにぎりを買ってスタートしました。」

――印象に残ったエピソードはありますか。

 「幸いケガとか病気、危険な目にはあいませんでした。家族はけわしい山道、峠を越えるというと、とても心配していました。東海道は江戸時代の主要幹線道路、けもの道はないよといっても心配するものです。

 さきほどおにぎりのお話をしましたが、関宿から鈴鹿峠を越えるとき、宿で用意したおにぎりを忘れて出かけてしまった。途中宿から電話があり、しまったと思った。偶然、家の外にいた女性に事情を説明すると大きなおにぎりをつくってくれた。うれしかったですね。浜名湖のときも、遠州灘を案内してくれた女子中学生など、各地での一期一会だがとても親切な人たちに出会いました。」

――ひとりで歩くときは心細くなりませんでしたか。注意したことはなんですか。

 「それはないです。下段に5万分の1の地図つきガイド本(東海道五十三次ガイド・講談社文庫)は事前の下調べ、実際に歩いているときににらめっこしましたね。自治体発行の観光マップは細かすぎてポイントがわからない。まぁ、その自治体がいまなにを観光資源にしたいかはわかりますね。」

――マンホールの写真もありますが……。

 「歩くと前、左右だけでなく、つい下に目がむきますね。汚水のマンホール、よくみると各自治体のシンボルが浮き彫りにされています。マンホールに七里の渡し風景や伊勢物語の和歌の文字がある。平成の大合併前の旧町時代のマンホールもある。車では絶対にわかりませんね。

 ぼくの旅は寄り道が多いです。東海道を歩いていると、昔の民家が残っています。東海地方に入ると、家の構造も関東とはちがいますね。気候風土にあった建物になっている。暮らしぶりもよくわかります。そんな地域の特性を知るのも楽しみのひとつです。」

マンホールコレクション


――これから東海道を歩く人へのアドバイスはありますか。

 「最初の一歩が肝心ですかね。まず一歩をふみだすことです。ぼくの場合、若くないのでいつか歩こうではなく、その気持ちになったらすぐ実行しないと先の保証がないです(笑い)。旧東海道の距離は約500キロありますが、ぼくの場合寄り道が多いので760キロ(現地発着の歩数計)ぐらい歩いた。あくまでも自分のペースで歩くことがいいでしょうね。旅の途中で、飛脚便のように早足で歩く人、1年余かけて歩いている人もみかけました。ひとそれぞれです。歴史や旧跡・名所などがある東海道53次歩きは楽しかったです。なんといっても、歩きは健康にいいですね」

(聞き手・福田悟郎)


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